パッチワーク×パッチワーク

d0085894_14341310.jpg

心のパッチワーカー(パッチワークをしたいと思いつつ、
なかなか実行に移さない)の私ですが、
4年ほどちびちびと(というか、気が向いた時にどば~っと)
作っていた大作がついに完成しました!!




d0085894_14344792.jpg

ソファカバーです。


以前、ベルギーの街でウィンドウに飾られたソファーが
ウールのパッチワークでカバーされていて、とっても素敵でした。

それを少しマネして作ってみました。
完成する日は来るのか??と疑っていたのでホッとしました^^



d0085894_14281592.gif




私がパッチワークに興味を持ったきっかけはイギリス留学中でした。

友人の「パッチワークを習ってるんだけど、癒されるよぉ~」のことばからです。
私も週1回のクラスを取ってみました。


イギリスはパッチワークが盛んで、私の住んでいた家の近くに
パッチワーク専門のセンスの良いお店がありました。
パッチワーカーとなった私は、ちょくちょく通いました。

レジの上に置かれたビンに小さなハギレがたくさん入れてあって、
1つ5p(当時で10円くらい)で売られてあったのをよく覗いていました。




パッチワークの達人になると、”クレイジーパッチワーク”というのを作っている人もいて、
布をビリビリ適当な形に裂いて、それらをパズルみたいに縫い合わせていくのです。

他の人の作品を見るのもすごく楽しいですよね。

あるとき、皆でそれぞれパッチワークのおくるみを作り、病院へ寄付したことがありました。
すごく凝ったのを作っている人もいて、愛情を感じました。
まだ使ってくれているのかなぁ。。。





先生が授業中に言っていた言葉が今も印象に残っています。


「時間がなくて大きな作品を作ることが出来ない、と思いがちだけど、
1日数分でも続けていくと、何年か後にはベッドカバーサイズの大作が出来ているのよ。」



少しずつでも続けていくと、いつか大きなものが出来上がっているなんて
なんだか人生にも結びつきそうです。


これからも、小さなハギレをちくちく繋ぎ合わせていきたいです。


d0085894_14271369.jpg


d0085894_14273312.jpg



d0085894_1455446.gif



tiqueでは南フランスから届いた
パッチワークと刺繍のクッションカバーを紹介しています。
ぜひ覗いてみてくださね。


[PR]
# by k_mukumuku | 2008-11-25 14:42 | fabric
エミレーツ航空とドバイ

南仏への買付にエミレーツ航空を利用しました。

d0085894_15274697.gif


エミレーツ航空といえば、
今発展まっさかりの”アラブ首長国連邦のドバイ”を本拠とする航空会社です。

聞いたところによるとそのサービスは素晴らしく、
サービスや料理など多数の賞に輝いているとのこと。


ドバイもチラっとのぞいてみたいし、
評判のエミレーツにも乗ってみたい、、、ということでエミレーツ航空で出発!






では、さっそく機内へ。

迎えてくれるフライトアテンダントは美しく、男性もさわやか。
サービスされる雰囲気も好感が持てて◎。


座席は通常より広く感じましたが、
「良いに違いない」という先入観からそう感じたのかは定かではありません^^



d0085894_155153.jpg





ひとり1台ずつ、ゲームや映画を楽しめるモニターが設置されていました。




さて、賞に輝く機内料理に超期待~!

私はベジタリアンミールを頼んでいたので、いつもながら
先に運ばれてきました。


おいしい白ワインに喜びつつ、香辛料の効いたライスをパクっ。



「・・・・・・・・・・・(オェ)」



料理を残すことはしたくないのですが、
とても食べることができませんでした(T_T)

これは今までで初めてかも。



まあ、長いフライトで何度か食事をいただいて
ペンネなど「美味しい。良かった~」と思うものもありましたが、
期待していただけに、食事は残念な結果となりました(^^ゞ



就寝の時間になると電気が消され、
天井に星が輝いていました。

かわいい演出です^^






長~いフライトの末、ドバイに到着。

素晴らしい乗り継ぎ時間ゆえ、空港の外に出る時間はありません。
ドバイの空港内を満喫しようと気合十分で降り立ちました。


ドバイの空港はとてもきれいで、中にたくさんのヤシの木が植えられています。


d0085894_1565539.jpg



椅子からあぶれた人々が、通路に大勢寝ているのが対照的な感じでした。


ショップは各国の空港と同じような感じで、お酒や化粧品、ブランド品が並んでいました。

通路の中央に出店のような感じで、ドバイ独特のお土産が並んでいて
見ていて楽しかったです。


d0085894_1572562.jpg



印象的だったのはトイレ。

なんとTOTOの便座が使われていたのですが、
便座の横に小さなシャワーが設置されています。


d0085894_1510162.jpg


ウォシュレットの機能を果たすのだろうと想像。


最初どの便座もびちょびちょに濡てれるなぁ、、
と思ったのはこのせいだったのね、と納得^^






さて、もう一度飛行機に乗ってニースへ。

隣に座った韓国の新婚さんはハネムーンとのこと。
どこを周るのか聞くと、イタリアと言ってるので
「?? これフランス行きだけど、この人たち間違ってるんじゃ?」と少し心配に。


そして飛行機が着陸し、ちょっとアナウンスを気をつけて聞いていると
どうも”ローマ”と言ってるようで、
こっちが間違えてたんかい!と心臓がひっくり返りました。



もう耳をダンボにしてアナウンスを聞き、
ローマで1時間ほどトランジットするので、ニースに行く人はそのまま待機しておいてね
とのことでした。


ローマを経由するなんて、
EチケットにもエミレーツのHPにも書いてなかったし、
あの韓国人と話してなかったら、ぼ~っとローマへ降りてしまってたかも。
アブナイ、アブナイ。




総合してよく考えると、(ローマのトランジットもあって)かなり長い時間かけて南仏に到着してしまいましたが、

通常ならちょっぴり面倒な渡航を
ひとつのイベントとして楽しめたので大満足です^^



ちなみに、一足早く帰国したスタッフは
霧の為飛行機が遅れてしまい乗り換えがうまくいかずに
ドバイに1日滞在して観光する・・・という
嬉しいハプニングに見舞われたのでした。


[PR]
# by k_mukumuku | 2008-10-14 15:29 | travel
心の赴くままに
数年前になりますが、
「スティーブ・ジョブス氏のスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ」
の日本語訳を読みました。


マッキントッシュを作った人でアップルの元CEOです。


あぁ、そうかぁ。人生ってそういうことなのかなぁ。
と、素直に胸に響きました。


私の長い人生の中で、ところどころ迷ったときに
読みかえそうと思います。



1歳になる甥っ子のタイムカプセルに、私からの贈り物として入れるつもりです。


d0085894_12123934.gif


--------------------------------------------------------------------
スティーブ・ジョブスのスタンフォード大学卒業祝賀スピーチ(翻訳)
--------------------------------------------------------------------
2005年6月12日

PART 1. BIRTH

 ありがとう。世界有数の最高学府を卒業される皆さんと、本日こうして晴れの門出に同席でき大変光栄です。実を言うと私は大学を出たことがないので、これが今までで最も大学卒業に近い経験ということになります。

 本日は皆さんに私自身の人生から得たストーリーを3つ紹介します。それだけです。どうってことないですよね、たった3つです。最初の話は、点と点を繋ぐというお話です。



 私はリード大学を半年で退学しました。が、本当にやめてしまうまで18ヶ月かそこらはまだ大学に居残って授業を聴講していました。じゃあ、なぜ辞めたんだ?ということになるんですけども、それは私が生まれる前の話に遡ります。

 私の生みの母親は若い未婚の院生で、私のことは生まれたらすぐ養子に出すと決めていました。育ての親は大卒でなくては、そう彼女は固く思い定めていたので、ある弁護士の夫婦が出産と同時に私を養子として引き取ることで手筈はすべて整っていたんですね。ところがいざ私がポンと出てしまうと最後のギリギリの土壇場になってやっぱり女の子が欲しいということになってしまった。で、養子縁組待ちのリストに名前が載っていた今の両親のところに夜も遅い時間に電話が行ったんです。「予定外の男の赤ちゃんが生まれてしまったんですけど、欲しいですか?」。彼らは「もちろん」と答えました。

 しかし、これは生みの母親も後で知ったことなんですが、二人のうち母親の方は大学なんか一度だって出ていないし父親に至っては高校もロクに出ていないわけです。そうと知った生みの母親は養子縁組の最終書類にサインを拒みました。そうして何ヶ月かが経って今の親が将来私を大学に行かせると約束したので、さすがの母親も態度を和らげた、といういきさつがありました。

PART 2. COLLEGE DROP-OUT

 こうして私の人生はスタートしました。やがて17年後、私は本当に大学に入るわけなんだけど、何も考えずにスタンフォード並みに学費の高いカレッジを選んでしまったもんだから労働者階級の親の稼ぎはすべて大学の学費に消えていくんですね。そうして6ヶ月も過ぎた頃には、私はもうそこに何の価値も見出せなくなっていた。自分が人生で何がやりたいのか私には全く分からなかったし、それを見つける手助けをどう大学がしてくれるのかも全く分からない。なのに自分はここにいて、親が生涯かけて貯めた金を残らず使い果たしている。だから退学を決めた。全てのことはうまく行くと信じてね。

 そりゃ当時はかなり怖かったですよ。ただ、今こうして振り返ってみると、あれは人生最良の決断だったと思えます。だって退学した瞬間から興味のない必修科目はもう採る必要がないから、そういうのは止めてしまって、その分もっともっと面白そうなクラスを聴講しにいけるんですからね。

 夢物語とは無縁の暮らしでした。寮に自分の持ち部屋がないから夜は友達の部屋の床に寝泊りさせてもらってたし、コーラの瓶を店に返すと5セント玉がもらえるんだけど、あれを貯めて食費に充てたりね。日曜の夜はいつも7マイル(11.2km)歩いて街を抜けると、ハーレクリシュナ寺院でやっとまともなメシにありつける、これが無茶苦茶旨くてね。

 しかし、こうして自分の興味と直感の赴くまま当時身につけたことの多くは、あとになって値札がつけられないぐらい価値のあるものだって分かってきたんだね。
 ひとつ具体的な話をしてみましょう。

PART 3. CONNECTING DOTS

 リード大学は、当時としてはおそらく国内最高水準のカリグラフィ教育を提供する大学でした。キャンパスのそれこそ至るところ、ポスター1枚から戸棚のひとつひとつに貼るラベルの1枚1枚まで美しい手書きのカリグラフィ(飾り文字)が施されていました。私は退学した身。もう普通のクラスには出なくていい。そこでとりあえずカリグラフィのクラスを採って、どうやったらそれができるのか勉強してみることに決めたんです。

 セリフをやってサンセリフの書体もやって、あとは活字の組み合わせに応じて字間を調整する手法を学んだり、素晴らしいフォントを実現するためには何が必要かを学んだり。それは美しく、歴史があり、科学では判別できない微妙なアートの要素を持つ世界で、いざ始めてみると私はすっかり夢中になってしまったんですね。

 こういったことは、どれも生きていく上で何ら実践の役に立ちそうのないものばかりです。だけど、それから10年経って最初のマッキントッシュ・コンピュータを設計する段になって、この時の経験が丸ごと私の中に蘇ってきたんですね。で、僕たちはその全てをマックの設計に組み込んだ。そうして完成したのは、美しいフォント機能を備えた世界初のコンピュータでした。

 もし私が大学であのコースひとつ寄り道していなかったら、マックには複数書体も字間調整フォントも入っていなかっただろうし、ウィンドウズはマックの単なるパクりに過ぎないので、パソコン全体で見回してもそうした機能を備えたパソコンは地上に1台として存在しなかったことになります。

 もし私がドロップアウト(退学)していなかったら、あのカリグラフィのクラスにはドロップイン(寄り道)していなかった。

 そして、パソコンには今あるような素晴らしいフォントが搭載されていなかった。
 もちろん大学にいた頃の私には、まだそんな先々のことまで読んで点と点を繋げてみることなんてできませんでしたよ。だけど10年後振り返ってみると、これほどまたハッキリクッキリ見えることもないわけで、そこなんだよね。もう一度言います。未来に先回りして点と点を繋げて見ることはできない、君たちにできるのは過去を振り返って繋げることだけなんだ。だからこそバラバラの点であっても将来それが何らかのかたちで必ず繋がっていくと信じなくてはならない。自分の根性、運命、人生、カルマ…何でもいい、とにかく信じること。点と点が自分の歩んでいく道の途上のどこかで必ずひとつに繋がっていく、そう信じることで君たちは確信を持って己の心の赴くまま生きていくことができる。結果、人と違う道を行くことになってもそれは同じ。信じることで全てのことは、間違いなく変わるんです。

PART 4. FIRED FROM APPLE

 2番目の話は、愛と敗北にまつわるお話です。

 私は幸運でした。自分が何をしたいのか、人生の早い段階で見つけることができた。実家のガレージでウォズとアップルを始めたのは、私が二十歳の時でした。がむしゃらに働いて10年後、アップルはガレージの我々たった二人の会社から従業員4千人以上の20億ドル企業になりました。そうして自分たちが出しうる最高の作品、マッキントッシュを発表してたった1年後、30回目の誕生日を迎えたその矢先に私は会社を、クビになったんです。

 自分が始めた会社だろ?どうしたらクビになるんだ?と思われるかもしれませんが、要するにこういうことです。アップルが大きくなったので私の右腕として会社を動かせる非常に有能な人間を雇った。そして最初の1年かそこらはうまく行った。けど互いの将来ビジョンにやがて亀裂が生じ始め、最後は物別れに終わってしまった。いざ決裂する段階になって取締役会議が彼に味方したので、齢30にして会社を追い出されたと、そういうことです。しかも私が会社を放逐されたことは当時大分騒がれたので、世の中の誰もが知っていた。

 自分が社会人生命の全てをかけて打ち込んできたものが消えたんですから、私はもうズタズタでした。数ヶ月はどうしたらいいのか本当に分からなかった。自分のせいで前の世代から受け継いだ起業家たちの業績が地に落ちた、自分は自分に渡されたバトンを落としてしまったんだ、そう感じました。このように最悪のかたちで全てを台無しにしてしまったことを詫びようと、デイヴィッド・パッカードとボブ・ノイスにも会いました。知る人ぞ知る著名な落伍者となったことで一時はシリコンヴァレーを離れることも考えたほどです。

 ところが、そうこうしているうちに少しずつ私の中で何かが見え始めてきたんです。私はまだ自分のやった仕事が好きでした。アップルでのイザコザはその気持ちをいささかも変えなかった。振られても、まだ好きなんですね。だからもう一度、一から出直してみることに決めたんです。

 その時は分からなかったのですが、やがてアップルをクビになったことは自分の人生最良の出来事だったのだ、ということが分かってきました。成功者であることの重み、それがビギナーであることの軽さに代わった。そして、あらゆる物事に対して前ほど自信も持てなくなった代わりに、自由になれたことで私はまた一つ、自分の人生で最もクリエイティブな時代の絶頂期に足を踏み出すことができたんですね。

 それに続く5年のうちに私はNeXTという会社を始め、ピクサーという会社を作り、素晴らしい女性と恋に落ち、彼女は私の妻になりました。
 ピクサーはやがてコンピュータ・アニメーションによる世界初の映画「トイ・ストーリー」を創り、今では世界で最も成功しているアニメーション・スタジオです。

 思いがけない方向に物事が運び、NeXTはアップルが買収し、私はアップルに復帰。NeXTで開発した技術は現在アップルが進める企業再生努力の中心にあります。ロレーヌと私は一緒に素晴らしい家庭を築いてきました。

 アップルをクビになっていなかったらこうした事は何ひとつ起こらなかった、私にはそう断言できます。そりゃひどい味の薬でしたよ。でも患者にはそれが必要なんだろうね。人生には時としてレンガで頭をぶん殴られるようなひどいことも起こるものなのです。だけど、信念を放り投げちゃいけない。私が挫けずにやってこれたのはただ一つ、自分のやっている仕事が好きだという、その気持ちがあったからです。皆さんも自分がやって好きなことを見つけなきゃいけない。それは仕事も恋愛も根本は同じで、君たちもこれから仕事が人生の大きなパートを占めていくだろうけど自分が本当に心の底から満足を得たいなら進む道はただ一つ、自分が素晴しいと信じる仕事をやる、それしかない。そして素晴らしい仕事をしたいと思うなら進むべき道はただ一つ、好きなことを仕事にすることなんですね。まだ見つかってないなら探し続ければいい。落ち着いてしまっちゃ駄目です。心の問題と一緒でそういうのは見つかるとすぐピンとくるものだし、素晴らしい恋愛と同じで年を重ねるごとにどんどんどんどん良くなっていく。だから探し続けること。落ち着いてしまってはいけない。

PART 5. ABOUT DEATH

 3つ目は、死に関するお話です。

 私は17の時、こんなような言葉をどこかで読みました。確かこうです。「来る日も来る日もこれが人生最後の日と思って生きるとしよう。そうすればいずれ必ず、間違いなくその通りになる日がくるだろう」。それは私にとって強烈な印象を与える言葉でした。そしてそれから現在に至るまで33年間、私は毎朝鏡を見て自分にこう問い掛けるのを日課としてきました。「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら、今日やる予定のことを私は本当にやりたいだろうか?」。それに対する答えが“NO”の日が幾日も続くと、そろそろ何かを変える必要があるなと、そう悟るわけです。

 自分が死と隣り合わせにあることを忘れずに思うこと。これは私がこれまで人生を左右する重大な選択を迫られた時には常に、決断を下す最も大きな手掛かりとなってくれました。何故なら、ありとあらゆる物事はほとんど全て…外部からの期待の全て、己のプライドの全て、屈辱や挫折に対する恐怖の全て…こういったものは我々が死んだ瞬間に全て、きれいサッパリ消え去っていく以外ないものだからです。そして後に残されるのは本当に大事なことだけ。自分もいつかは死ぬ。そのことを思い起こせば自分が何か失ってしまうんじゃないかという思考の落とし穴は回避できるし、これは私の知る限り最善の防御策です。

 君たちはもう素っ裸なんです。自分の心の赴くまま生きてならない理由など、何一つない。
              
PART 6. DIAGNOSED WITH CANCER

 今から1年ほど前、私は癌と診断されました。 朝の7時半にスキャンを受けたところ、私のすい臓にクッキリと腫瘍が映っていたんですね。私はその時まで、すい臓が何かも知らなかった。

 医師たちは私に言いました。これは治療不能な癌の種別である、ほぼ断定していいと。生きて3ヶ月から6ヶ月、それ以上の寿命は望めないだろう、と。主治医は家に帰って仕事を片付けるよう、私に助言しました。これは医師の世界では「死に支度をしろ」という意味のコード(符牒)です。

 それはつまり、子どもたちに今後10年の間に言っておきたいことがあるのなら思いつく限り全て、なんとか今のうちに伝えておけ、ということです。たった数ヶ月でね。それはつまり自分の家族がなるべく楽な気持ちで対処できるよう万事しっかりケリをつけろ、ということです。それはつまり、さよならを告げる、ということです。

 私はその診断結果を丸1日抱えて過ごしました。そしてその日の夕方遅く、バイオプシー(生検)を受け、喉から内視鏡を突っ込んで中を診てもらったんですね。内視鏡は胃を通って腸内に入り、そこから医師たちはすい臓に針で穴を開け腫瘍の細胞を幾つか採取しました。私は鎮静剤を服用していたのでよく分からなかったんですが、その場に立ち会った妻から後で聞いた話によると、顕微鏡を覗いた医師が私の細胞を見た途端、急に泣き出したんだそうです。何故ならそれは、すい臓癌としては極めて稀な形状の腫瘍で、手術で直せる、そう分かったからなんです。こうして私は手術を受け、ありがたいことに今も元気です。

 これは私がこれまで生きてきた中で最も、死に際に近づいた経験ということになります。この先何十年かは、これ以上近い経験はないものと願いたいですけどね。

 以前の私にとって死は、意識すると役に立つことは立つんだけど純粋に頭の中の概念に過ぎませんでした。でも、あれを経験した今だから前より多少は確信を持って君たちに言えることなんだが、誰も死にたい人なんていないんだよね。天国に行きたいと願う人ですら、まさかそこに行くために死にたいとは思わない。にも関わらず死は我々みんなが共有する終着点なんだ。かつてそこから逃れられた人は誰一人としていない。そしてそれは、そうあるべきことだら、そういうことになっているんですよ。何故と言うなら、死はおそらく生が生んだ唯一無比の、最高の発明品だからです。それは生のチェンジエージェント、要するに古きものを一掃して新しきものに道筋を作っていく働きのあるものなんです。今この瞬間、新しきものと言ったらそれは他ならぬ君たちのことだ。しかしいつか遠くない将来、その君たちもだんだん古きものになっていって一掃される日が来る。とてもドラマチックな言い草で済まんけど、でもそれが紛れもない真実なんです。

 君たちの時間は限られている。だから自分以外の他の誰かの人生を生きて無駄にする暇なんかない。ドグマという罠に、絡め取られてはいけない。それは他の人たちの考え方が生んだ結果とともに生きていくということだからね。その他大勢の意見の雑音に自分の内なる声、心、直感を掻き消されないことです。自分の内なる声、心、直感というのは、どうしたわけか君が本当になりたいことが何か、もうとっくの昔に知っているんだ。だからそれ以外のことは全て、二の次でいい。

PART 7. STAY HUNGRY, STAY FOOLISH

 私が若い頃、"The Whole Earth Catalogue(全地球カタログ)"というとんでもない出版物があって、同世代の間ではバイブルの一つになっていました。

 それはスチュアート・ブランドという男がここからそう遠くないメンローパークで製作したもので、彼の詩的なタッチが誌面を実に生き生きしたものに仕上げていました。時代は60年代後半。パソコンやデスクトップ印刷がまだ普及する前の話ですから、媒体は全てタイプライターとはさみ、ポラロイドカメラで作っていた。だけど、それはまるでグーグルが出る35年前の時代に遡って出されたグーグルのペーパーバック版とも言うべきもので、理想に輝き、使えるツールと偉大な概念がそれこそページの端から溢れ返っている、そんな印刷物でした。

 スチュアートと彼のチームはこの”The Whole Earth Catalogue”の発行を何度か重ね、コースを一通り走り切ってしまうと最終号を出した。それが70年代半ば。私はちょうど今の君たちと同じ年頃でした。

 最終号の背表紙には、まだ朝早い田舎道の写真が1枚ありました。君が冒険の好きなタイプならヒッチハイクの途上で一度は出会う、そんな田舎道の写真です。写真の下にはこんな言葉が書かれていました。「Stay hungry, stayfoolish.(ハングリーであれ。馬鹿であれ)」。それが断筆する彼らが最後に残した、お別れのメッセージでした。「Stay hungry, stay foolish.」

 それからというもの私は常に自分自身そうありたいと願い続けてきた。そして今、卒業して新たな人生に踏み出す君たちに、それを願って止みません。

Stay hungry, stay foolish.

ご清聴ありがとうございました。



--------------------------------------------------------------------
the Stanford University Commencement address by Steve Jobs CEO, Apple Computer CEO, Pixar Animation Studios
翻訳 市村佐登美
※このスピーチ文章はパブリックドメインとなっており、転載許可を得ています。




[PR]
# by k_mukumuku | 2008-08-27 12:06 | life
クマと もりと ひと

ある日、森の中でクマさんに出会ったら・・・


威嚇するでも、戦うでも、悲鳴をあげるでもなく、

”やさしく見つめながら、ゆっくり静かにあとずさりしてその場を離れる”

が正解です。



クマは99%ベジタリアンで、性格はやさしく我慢強く大変臆病。
人間がクマを襲っても、クマがひとを襲う習性はないそうです。



山奥にひっそりと住むそんなクマが、最近よく人里に出てくるようになりました。
農作物を荒らしたり、危険!ということで駆除されます。
被害をこうむる地元は獣害に悲鳴をあげ、
クマの他にも
イノシシ・サル・シカ等を有害獣として一匹残らず殺しています。

高く売れる胆のうを取るための乱獲も後をたちません。


現在はこの国始まって以来の”野生鳥獣大量駆除時代”だそうです。



その成果もあって

九州ではツキノワグマが絶滅しました。
四国はあと10数頭とのこと。

ちなみに100頭をきると、全滅は避けられないそうです。





ではなぜクマは人里に出るようになったのでしょう。


その理由に、生息地の喪失があります。
人間が奥山に入り込み、クマの住みかとエサ場を無くしました。



国策の拡大造林により、日本中の山はスギとヒノキだけの人工林になっています。

スギやヒノキの葉は苦くて食べられないし、動物のエサとなる実もなりません。
空腹に耐えかねて森から人里へと出てくるようになったのです。


一旦人工林を作ると、一生人間が手を入れ続けないと森は壊れてしまいます。
近年は輸入木材に押されて放置された人工林も多く、
陽が下まで射さないため一年中暗く、草も生えない死の森となっています。
また、スギやヒノキは根が浅いため、山の保水力が弱くなり
川の水位は減り、山崩れなどの災害にもつながっています。

この拡大造林は今も続いています。



人が手を入れる前の森は、
広葉樹をベースとした自然の森でした。

保水力があるため、豊かな湧き水があり、
エサも豊富なため色んな動物や植物、虫が生息していました。


豊富な水を利用して経済成長を遂げることができたのも、
日本に豊かな森があったからなんですね。





田舎に行って森の緑を見て喜んでいた私ですが、
中は動物が生きられない死の森だったなんて
本当にショックです。



別にクマ等の野生動物がいなくなってもかまわない、
と思う人がいるかもしれません。

けれど、森は生き物の絶妙なバランスで成り立っていて、
1種類でも除くと、森は砂漠化するといわれています。

クマのような大型動物が棲む森ほど豊かで、
クマはそのシンボリックな存在なのです。





森の消滅は野生動物、ひいては人類の絶滅につながります。




今、広葉樹を植える小さな活動をあちこちで耳にします。



d0085894_1624471.jpg私がふと読んだ冊子

「クマともりとひと」

動物の住める森の復元を目指して自然保護運動をしている

”日本熊森協会”のことを知りました。






次世代に豊かな森を残したい、
動物たちに安心して暮らして欲しい、

そんな想いを行動に移していきたい・・・。


ある日、森の中でクマさんに出会えるために
私も何かできたらと思います。







日本熊森協会

http://homepage2.nifty.com/kumamori/


小冊子「クマともりとひと」(100円)は↓こちらから購入できるようです
kumamoribook@docomo.ne.jp
日本熊森協会 担当 川嶋
[PR]
# by k_mukumuku | 2008-07-23 17:55 | nature
ブーケ



6月といえばジューンブライド。

昨年はベビーラッシュだった私のまわりですが、
今年はウェディングの話がたくさん。

どちらにしても、素敵なことです。



イギリスでフラワーアレンジメントを学んだ友人から、
以前アレンジメントを教えてもらっていました。
お茶の時間の方が長く、毎回いろんな話をして楽しいレッスンでした^^


その友人もフランスにお嫁に行き、
今では自分流にちょこちょことお花を飾るくらいになりました。




さて、数年前そんな私にレッスンの成果を出す機会が訪れました。

大胆にも、姉の結婚式に「ブーケは私が」と申し出たのです!


ドレスに合わせて2種類、
ヘアースタイリストさんとも打ち合わせしながら、
姉に似合うブーケを日夜考えました。

WEDDING FLOWERの洋書に載っているブーケを見ながら、
イメージを膨らませて・・・。






d0085894_061122.jpg





心を込めて作ったブーケは
とても喜んでもらえました。


d0085894_23563347.jpg






















腕にもブーケとおそろいの
お花をつけてもらって、

d0085894_08467.jpg





残ったお花で
車にも飾りつけ♪

d0085894_0221374.jpg



d0085894_23505380.jpg











国際電話で作り方を教えてくださったお友達、
相談に乗ってくださったお花屋さんA、
練習用にお花をくださったお花屋さんB、
どうもありがとうございました。。




1つとして同じものの無いブーケ。

夢があってかわいくって、素敵・・・・。






これからはアジサイのきれいな季節ですね。
皆さん、蛍とともに楽しんでください♪



d0085894_035191.gif





[PR]
# by k_mukumuku | 2008-06-13 00:46 | life
鯛の塩釜焼き
おもてなしや祝い事があると、たまに作る鯛の塩釜焼き

見た目も豪快で、とても特別な雰囲気になります。


食べる直前に金槌で割る儀式も盛り上がる、
楽しい料理です。

しかも、蒸し焼き状態によって魚のうまみが閉じこもり大変美味!
普段、特別鯛に思い入れはないのですが、これを食べると
「鯛うま~!」と感激します^^





数年前の母の日に作ったら、とても喜んでくれました。



もうすぐ母の日。
何をしようかな・・・と迷っているかたがいたら、
おススメです♪



d0085894_1130104.jpg





作り方はとっても簡単!
鯛じゃなくても、すずき等、旬の魚で代用できますので、
ぜひ地物のお魚で。





材料

鯛(地物)・・・約1kg(家のオーブンに入る大きさで。私の場合は40cm位)
卵白   ・・・4個分
粗塩   ・・・約1kg
昆布   
大葉
ねぎ




作り方

1.鯛のうろこと内臓を取り除く
  (魚屋さんで、「塩釜焼きを作るのですが」と言ってやってもらいます)

2.えらから、5cmくらいに切ったねぎと大葉を数枚入れる


3.卵白と粗塩を混ぜ合わせる


4.天板にクッキングシートを敷き、魚がのる大きさに3を薄く敷き詰める


5.4の上に昆布を敷き、その上に大葉を敷く
  (鯛の皮が塩にくっつくのを防ぐのと、風味をつけるため)


6.鯛を乗せ、その上に大葉と昆布を置く。3の残りを鯛のまわりに塗る


7.残った卵黄で字や模様をかく
  (この作業が一番楽しい♪)


8.180℃のオーブンで50分~60分焼く




そのまま食べてもいいし、レモンを添えても。




書いていると食べたくなりました^^
でも、つい先日初節句のお祝いで作ったばかりなので、まだちょっとな~。。



母の日、何しよう・・・・(~_~)



[PR]
# by k_mukumuku | 2008-05-09 11:42 | kitchen
シャンブルドット

イギリスのB&Bといえば ”ベッド&ブレックファースト”。
朝食付きの宿泊ですね。

そのフランス版が ”シャンブルドット”です。


たいてい、家族で経営されていて、民家に泊まるような感覚で泊まれます。



場所によってはホテルよりも広い部屋に安く泊まれ、
そこに住んでいるような生活感を味わうことができます。



私が利用したことのある、南仏プロバンスのシャンブルドットは
森のような広~い庭がある自然いっぱいのところで、
毎日鳥の鳴き声で目を覚ましました。



d0085894_12455543.jpg




オランダ人家族が経営されていましたが、
分かりやすい英語を話され
大変親切なもてなしをしてくださいました。




朝は、近所で買われた焼きたてのパンが並びます。


夜も、事前に予約をすればお手製の美味しい夕食が食べれました。


田舎の宿ですが、食事もこだわっているところは
さすがフランスだな~と思います^^






知らない場所を旅行していて、泊まるところが素敵だとホッとします。
滞在中、幸せな気分で過ごせたシャンブルドットでした。







d0085894_137238.jpgある夕方、
宿の前の小道で
ヤギと羊の大群と
すれ違いました。




200匹くらい
いたでしょうか。




d0085894_1373847.jpg
あまりの迫力にキャーキャー♪と喜んで見ていたら、
最後に子ヤギ達が
ついて歩いていて
たまらなくかわいかったです♡















たいていシャンブルドットの予約は、電話やホームページからになります。

前金を払って予約成立という形になり、ホテルよりも手間がかかりますが
また違った旅を楽しんでください^^



Le temps d'une Chanson
215 Chemin de la Lône
84800 Isle sur la Sorgue
Vaucluse, Provence, France
Phone +33 4 90 38 40 26
http://www.letempsdunechanson.com/
[PR]
# by k_mukumuku | 2008-04-09 13:14
予期せぬ出会い
ある用事で家族が動物管理センターへ行きました。

入り口付近にはもらい手を求める子犬が数匹います。


そして奥へ入ると立派な成犬が3匹いました。


黒いラブラドール・レトリバーと
茶色のラブラドール・レトリバーと
イングリッシュスプリンガースパニエル。



センターの方に聞くと、
飼えなくなったブリーダーさんが手放した犬とのこと。
こちらも貰い手を募集しているそうです。


このまま貰い手がいない犬は、少しの期間を経て悲しい運命をたどります。






その日の朝には誰も予期しなかったことですが、
数時間後には私たちの新しい家族が1匹増えることになりました!



d0085894_14285880.jpg



ちなみに現在家には2匹の犬がいるので3匹になりました♪



以前飼っていたラブラドール・レトリバーは誰にでもくっついていく
人なつっこい犬でしたが、
新しい犬は真反対の性格で、ものすごくひとみしりをします。

3日経って、ようやくエサをくれる母にのみ慣れ、母の後ろをついて歩くように
なりました。
なんだかとってもいじらしく、たくさんの愛情をかけてあげたい・・・と思います。






動物を飼いたいと思った時、
ペットショップしか思いつかなかった私ですが、

もしこの先誰かが動物を飼いたいと思ったら、

ぜひ動物管理センターも覗いてもらえたら、と思います。

各センターのホームページでも譲渡可能な動物情報が見れるようです。

[PR]
# by k_mukumuku | 2008-02-22 14:37 | life
絵を飾る
家族が描いた絵を飾ると風水的に良いそうです。

そんな理由で?居間には母の描いた絵が3枚飾られています^^



その母の絵と並んで飾られているのが、私の地元出身で素敵な絵を描かれる
浜方さんという人の絵です。


家族の知人ということもあり、展示会があると足を運んでいましたが、

おとぎ話の中のような、メルヘンな世界でとってもかわいいのです。

見ているといっときその世界に浸って、ラブリ~な気持ちになれる浜方画伯の絵に
私の家族はときめいてしまいました。




d0085894_1224591.jpg

結婚祝いに姉が注文して贈ってくれた絵。



クリスマスに入籍したので、ノエルの町といった雰囲気です。

中央には私たち夫婦が愛犬とともに
ケーキ型の乗り物でパレードをしているようすが。。。






d0085894_1220065.jpg

ゆきだるマン?みたいなのも発見







d0085894_12231412.jpg

町の中には私の未来のお店もありました(感動)。
これを見るたびに「頑張ろう!」と思います^^









実家の職場に飾ってある絵には、不思議ワールドの中にちゃんと実家の職場が。

姉の結婚式のウェルカムボードも美しかったです。

友人の結婚祝いにも、新居に飾る絵を描いてもらいました。
注文してから待つこと半年以上かかったかな・・・
友人の式に間に合わず、目録を贈りました^^





好きな絵がかかっていると幸せな気持ちになります。




KOO HAMAKATA 
http://koo.petit.cc/
[PR]
# by k_mukumuku | 2008-01-28 12:40 | Interior
世界一ついてる人になる方法
2007年も残りわずかとなりました。

このブログとtiqueにお越しくださった方々、
本当にありがとうございました。


皆さんにとってどんな一年でしたか。


この一年を思い返してみて、
当時は大変な思いをしたことも、今は”そんなこともあったなぁ”くらいで
楽しかったことしか思い出せません。
都合のいい脳みそです^^



今年は地球環境について、たくさんの情報が耳に入ってきたように思います。


環境に関するイベントや講演も多く、様々なお話を聞く機会がありました。


地球が壊れかけていることは誰もが感じていることだと思います。

科学者の出した“地球の資源に対する持続可能な世界人口”は35億人。
もし肉食をやめれば50億人です。
既に世界の総人口はこの数を超えているわけですが、2050年の総人口は93億人になると推定されています。


資源不足や食糧不足、地球温暖化もすすむとしたら
あとどれだけ私たちは地球で生きていけるのでしょう(>_<)。。


現在の若い世代が、地球規模の地球限界に最初に到達すると言われているそうです。


とてもブルーになるところですが、
まだ諦めなくても大丈夫!
というお話も聞きましたので安心してください^^


現在と同じ生活を10年続けると地球は100年もたないけれど、

この先10年を変えることができれば、まだ間に合います。


私たちの生活は、選択の積み重ねです。

ひとつひとつの選択をする時、
未来の子供たちのことを考えて行動すると、
きっと変わっていくはず!です^^




さて、そんな大きなくくりの幸せを願うには
自分自身も幸せでなければいけませんよね^^


人から教わった
”世界一ついている人になる方法”をお知らせします!


○何が起きても”ありがとう”と感謝する。
 
 良いことがあったら”ありがとう” 
 悪いことがあっても”ありがとう”と心で10回唱える
 (どんな悪いことでも、だそうです。結構難しいです。。)


○人の悪口を言わない。


○掃除をする。(特にトイレ)


<番外編>
・幸せな人のそばに行く
・人に良い言葉をかける
・夢や欲しいものをいつも心に描く
・きれいな水を飲む




皆が幸せになって、まわりを幸せにして、地球全体が幸せになったらいいですね^^


2008年が全ての人・生き物にとって幸せな一年となることを祈ってます!
[PR]
# by k_mukumuku | 2007-12-21 19:09 | life



自然に囲まれた素朴な生活を目指す、shop店主のlife blog
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30